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マンゴピッキングの仕事には気をつけて!

2015-11-04

私の友人でダーウィンで頑張っている女性サチさんとは、ダーウィンの空爆慰霊祭が切っ掛けで3年ほど前に

知り合いました。彼女は慰霊祭で日本人女性では初めて花束を献花した事で地元のマスコミにも取り上げられました。

ダーウィンはあまり情報がないので、彼女のブログから彼女を頼ってくる日本人のワーキング・ホリデーの

若者も多いようです。

先程、スカイプで色々とダーウィンの話をしたのですが その時に彼女からマンゴピッキングで病気になる若者が

多いから気をつけてという話を聞きました。早速、そのことを書いたブログを紹介していただいたので

抜粋してご案内します。12月はマンゴの収穫シーズン真っ盛りです。僕も、マンゴ畑を訪問したことがあり、

若者の仕事には良いなと 考えていたので、この情報は大変貴重だと思います。

20141002 マンゴ農家を訪問 後ろがマンゴの木です。

サチさんのブログより

ワーキングホリデービザの延長の為にフルーツピッキングを考えていらっしゃる方へ、マンゴー農園だけはやめましょう。

マンゴーの収穫に関わって、マンゴーラッシュと言う酷いアレルギーになった人の話はよく聞いていたのですが、今回ダーウィンにきた若者の悲惨な 肌の様子を見て、これはやはり今後来る人たちのためにもお知らせしなければ!と思い、写真を撮ってブログに載せる許可をもらいました。

気温が上がるとさらに痒くなるそうです。

私の知る限り、マンゴー農園で働いた人のほとんどが芒果アレルギーを発症してこのような状態になるようです。発症後は働くどころではありません。みなさんひきこもり、家からも出られない状態になるようです。薬も効かず塗り薬も役に立たず、ほんとに辛そうでした。

ワーホリのセカンドビザを取るためにマンゴー農園の求人がありますが、この仕事はあまり日本人には向いていないようですよ。マンゴーは漆科に属し、樹液がかかるとアジア人は酷い反応をするのだそうです。。。よく考えて選んでくださいね

誰かロードハウ諸島に一緒に行きませんか?仲間募集中!!

2015-07-24

私の大切なお客様と午前中に電話で話しました。

彼女は、ダーウィン、タスマニア、カンガルー島、パースのワイルドフラワーと弊社のリピーターです。

彼女が今訪問したいのが、世界遺産になっているロードハウ諸島です。

私も一度訪問していますが、とにかく素晴らしい島です。僕の老後の計画は、この島で日本的なおもてなしをサービスする

宿を経営しながら、毎日 絵を描いて暮らすことです。

その為に、宿でお客様が楽しめるようにお気に入りのDVDの映画を揃えているのです!!(笑う)

彼女はいつものお仲間に声をかけているのですが、皆さまお忙しいとの事。

お一人でも行けるのですが、やはり話し相手が欲しい。素晴らしい景色を観た時に一緒に感激してくれる仲間が欲しい。

そんなリクエストにお答えする為に、僕のブログで一緒に夢の島に行ってくれる方の募集を開始いたします。

明日は、クラブオーストラリアのパーティーがオーストラリア大使館で行われ、160名のオーストラリア・ファンが参加予定。

明日も、皆さまにお声をお掛けしますが、是非ともご興味のある方は、ご連絡下さいね。

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ダーウィンの日本人向けラジオ取材

2015-04-21

オーストラリアらしい観光地と聞かれれば、ダーウィンと答える。トップエンドと呼ばれて一番日本に近い場所にあるのがダーウィンです。第2次世界大戦の時に日本のゼロ戦が64回に渡り空爆したのがこの町ダーウィンです。(何度もブログでは紹介している)雨の多いダーウィンもいよいよ乾季が始まり10月ぐらいまでが、ダーウィンを訪問するベストシーズンです。ダーウィン近郊には、世界遺産に登録されているカカドウ国立公園があります。2万年以上前から残る先住民アボリジニの壁画や5メートル級の野生のクロコダイルや野鳥の住むイエローウォータークルーズ、蟻塚などなど、見所がいっぱいのダーウィンです。

さて、今朝はダーウィンの日本人向けのラジオの取材を受けました。パーソナリティーは平山サチさん。彼女には日本とダーウィンで何度かお会いしている日豪を熱く語る仲間です。彼女のお声をかけていただき、スカイップを利用して1時間以上話をしていました。彼女は2月19日に開催されている空爆慰霊祭に日本人として献花をしたり、戦時中に沈んだ日本の潜水艦引き上げに関わったりと日豪間の戦争に関して真剣に向き合っている素晴らしい九州女性です。しかも美人であります。(先日のブログで書いた藤田サルベージの話も彼女から教えていただきました!)

ダーウィン慰霊祭 053

僕もオーストラリアが大好きで、オーストラリア専門旅行会社を行っているので、どうしても避けて通れない2国間の戦争の歴史等に関しての本は読んでいるし、カウラ訪問の仕事なども積極的に行っているので、彼女の行動は素晴らしいと感じています。とにかく、今はスカイップという便利な通信ツールが有るので、今後も密に平山さんと情報交換をしてダーウィンと日本の交流が盛んになるお手伝いが出来るように頑張りたいとおもいました。今日の取材の様子は今度の日曜日に放送されるとのこと、楽しみです。

ダーウィンの日豪関係の素晴らしい話

2015-04-13

私のダーウィンに住んでいる友人からの便りです。藤田サルベージという会社が今日のダーウィンと日本の素晴らしい関係を築き上げてくれました。友人がつくった動画も是非とも観て下さい。僕の使命はダーウィンに日本人観光客をお連れする事だと気付きを頂きました!

YouTube で 「藤田サルベージ」で検索して下さい。

ダーウィン慰霊祭 053

ダーウィンからの便り④
1959年、ダーウィン港ではまだ戦禍のが色濃く残っていました。満潮時でも、空爆によって沈められた船の残骸が水 面に浮き出、爆破された桟橋がそのままになっている状態でした。
これら沈没船が船の航行の邪魔になるということで、北部準州政府が引き揚げを計画したのですが、ダーウィン港の潮の速さと低い透明度のため 困難で、技術的に可能だったのが日本の会社である藤田サルベージでした。
これは何とも皮肉なことで、当然のことながらオーストラリアや米国からの大きな反発がありましたが、しかしそれを覆したのはダーウィンから でした。
シドニーやメルボルンの港湾労働者が一斉に反対したのに対し、ダーウィンの港湾労働者たちが少々荒っぽい調子で「ダーウィンは多文化都市で あり、日本人とは戦前からの長い付き合いがある。事情を知らないものが口を出すな」と答えたのだそうです。
そうは言っても作業当初はやはり対日感情は悪かったのですが、現地における従業員120人の2年にわたる勤勉な働きぶりと、その礼儀正しさ により、地元住民の警戒的な態度は徐々に友好的に変わったようです。
特に海中に沈んでいたブリティッシュ・モータリストを引き上げて改造し、従業員の住居に使うという発想と、それを可能にした技術が高く評価 されました。
このように地元の信頼を得た後は、技術的に難しかったために放置されていた地上の残骸の撤去も依頼されたそうです。またダーウィン沖の真ん 中に沈んでいたUSS Pearyは水深が深いため作業が困難で採算が取れないということで当初契約に入っていなかったのですが、執行官ロ ジャー・ノット氏の「日豪親善事業としてやってくれ」と言うたっての願いにより、期間を延長し、損得を度外視して作業を敢行したのだそうで す。
当時の様子が写真に残っており、海上に浮かぶ錆びた沈没船の上で、美しく着飾ったVIPの方々が談笑しているというのは興味深いコントラス トです。ゲストの中には当時のメンジー首相夫人やドイツ大使も来られ、皆さんこの風変わりな“船上パーティー”をたいへん楽しんだ様子が伝 わってきます。
日本人の、できる限りのおもてなしをしたいという気持ちと、オーストラリア人の何でも楽しもうという明るい姿勢があいまって親善が深まった のでしょうか。
一番被害が大きかったダーウィンからいち早く日豪友好が始まったことに、ダーウィン住民として誇りに思うとともに、在豪日本人として先人の 努力を引き継いでいきたいと思っています。



日本は世界を平和にします